洋服では、必ず必要となる"縫製"。
そこには、何年も、何十年もかけて磨き上げた技術が必要となる。
洋服は、見た目に分かりやすいデザインというものも必要だが、"縫製"には、出来栄えを大きく左右する重要な役割がある。
技術を積み上げることも、一着を縫い上げることも、大変な忍耐力が必要になってくるものであるし、洋服には必ずと言っていいほど不可欠な"縫製"。
ただ、ファッションシーンでは、ほとんど取り上げられることがないものでもある。
しかし、僕はそのような"縫製"の技術は、とても尊いものだと思っているし、それを皆様にお伝えしたいと常々思っている。
だから、今回は、カネタ織物さんで織ってもらった生地を僕が「"この方々"に縫ってもらいたい」と心の底から思った縫製工場さんに縫製をお願いしました。
"ファッションいずみ"の水出さん。
僕自身、CASANOVA&COでやる以前には、デニムの縫製工場で縫製業を一時仕事にしていたのだが、その当時から自分の中で"神がかった縫製"と思っていたのが、現在も当店で取り扱いをする"山内"。
そして、その山内の洋服を通じて、このブログでも何度も何度も名前を出してきた縫製工場さんが、埼玉県の"ファッションいずみ"さんだ。
僕は、今回の洋服は、"ファッションいずみ"さんで縫ってもらうこと以外は考えられず、このことを通じて、皆様にもより知って頂きたいと思っています。
JR埼京線、与野本町駅。
普段、岡山で生活してるから全然ピンと来なかったんですが、東京からすごく近かった。
ここで、とあるデザイナーと待ち合わせ。
僕は、一つ前の展示会アポイントが時間を目一杯使ってしまったから、待ち合わせに少し遅れてしまった。
そこにファッションいずみの水出さんが車で迎えに来て下さった。
水出さんとは、その日まで何度かお会いしたことがあったが、僕が実際にファッションいずみさんまで行くのは初めて。
ここ。
水出さんがご自分で精力的に活動しているインスタグラムでは、見たことがあった場所。
この場所の2階が"ファッションいずみ"さん。
看板には、"お直し"とあるが、洋服ブランドの縫製だけではなく、一般の方に向けての洋服のお直しもされている。
一着だけでも、近隣でも遠方でもオーケーだそうだ。
看板にも書いてあるが、ただの"お直し"ではなく、洋服の縫製を仕事にする"縫製工場"というだけあって、修理のレベルがかなりのもの。
実際に、現場で修理した服を見させてもらったが、依頼された修理内容だけではなく、その服が今後もきちんと使っていけるように、より良い仕上がりになるように、更に良くなって修理をされていた。
洋服の縫製で使うための裁断台。
ここで原反が広げられ、裁断が行われる。
ファッションいずみさんでも、裁断は、非常に厳密に行われる。
7月に発売をしたtilt The authenticsとの"グアナコ×FOX50G"の洋服を縫ってもらったマーヤ縫製工場さんでも紹介したのだが、この方法は全国的に非常に珍しい。
生地をパターン通りに裁断する際に、一発でパターン通りにカットするんじゃないの。
"荒裁ち(あらだち)"をしてから、"正裁ち(ぜいだち)"を行うの。
二段階の裁断だ。
しかもそれが、自動裁断機で行うのではなく、全てが手での裁断。
"荒裁ち"というのは、パターン通りの寸法よりも、まず余白を持たせて、カットすること。
それは、表地だけではなく、洋服の内側に隠れる"芯地"も同様に、荒裁ちを行うの。
そして、荒裁ちの状態で、表地と芯地を貼り合わせ、その後に、"正裁ち"を行うそうです。
そうすることで、表地と芯地のズレも起こらず、きちんと貼り合わせられ、とにかく綺麗に出来上がる。
僕が勤めていた縫製工場では、"荒裁ち"などの概念は存在しなかったし、表地と芯地の貼り付けも、パターン寸法通りの一発での裁断をしてから貼り合わせてた。
だから、表地と芯地が多少ズレて貼り合わせられることも頻繁にあったし、世の中の結構多くの洋服が、実際に表地と芯地のズレがあるものもあると思いますよ。
価格が安いものであればあるほど、起こりえる。
僕がいた縫製工場も芯地が多少ズレていても、そのままゴーしてるものも時にはありましたからね。
それでも当時、縫製工場で縫っていた洋服の販売価格は、3万円代や4万円代のもの。
だから、今回のファッションいずみさんや、マーヤ縫製工場さんは、全国的に見てもとても珍しい程に丁寧な縫製工場さん。
とにかく綺麗で、丁寧な仕上がりですからね。
今まで当店でも"山内"のシャツを紹介してきましたが、ここ数年は、山内のシャツはそのほとんどがファッションいずみさんの縫製です。
山内の洋服の"縫製者タグ"に"水出千代子"と記載があるものが、ファッションいずみさんで縫われた洋服です。
そして、更に、ファッションいずみさんでは、洋服を縫製していくシステムが他の縫製工場と大きく違う。
それは、"一着ずつ縫って完成させていく"ということ。
通常は、洋服の縫製は、多人数でそれぞれの縫う場所(持ち場)が決まっており、一着の中で、縫った人がバラバラなのが一般的。
それに加えて、例えば30着のシャツであれば、30着をパーツごとに順番に縫い進めていき、
衿を付けたものが30着、、、
身頃脇を縫ったものが30着、、、
裾を縫ったものが30着、、、
そして、最後に一斉に30着が同時に完成する。
その期間、縫っている30着が"全て同じ工程で同時に"進んでいるという感じ。
しかし、ファッションいずみさんでは、違うの。
一着をスタートから最後まで、ひと続きに縫っていく。
その上、アイロンワークもとても大事に行い、完成した後の、仕上げアイロンだけではなく、縫い進める時の"中間アイロン"もかなり頻繁に行うのだ。
つまり、一着を縫って、アイロンして、縫って、アイロンして、という繰り返しで、丁寧に丁寧に最初から最後まで縫い進めていくのだ。
こうすることで、全ての洋服の仕上がりが別々のものになってしまうことがなく、全部の洋服が"ファッションいずみ"の基準で生産がされる。
量産される洋服だと、当たり外れがあったり、同じ洋服でも顔つきが違ってしまうことだってある。
だけど、ファッションいずみさんでは、全てが定められた高いクオリティで縫い上がるのだ。
加えて、これ。
たくさん開いているボタンホールは無視してください。試しに見せてもらったものだから。
もちろん、ファッションいずみさんのボタンホールもかなりの高精度のものが導入されているんですが。。
見て欲しいのは、手前のピョンと付いた"白い糸"。
これも、とても珍しいし、かなりハイレベルな縫製の現場じゃないと行われない方法です。
それが"切り躾(きりじつけ・きりびつけ)"というもの。
これは、裁断された生地をどこに何を縫い付けるのか、どことどこを正確に縫い合わせるのかという目印になるものです。
通常であれば、チャコペンでの"書いた印"や目打ちというもので生地に"穴"が開けられる。
でも、それは、チャコペンで印を書いた場合には、完成した洋服に目印の色が残ってしまうし、目打ちでは穴が開いてしまう。
ただ、小さなものだから、一般的にはそれはOKとされるのだが、ファッションいずみさんでは、基本的にその方法は使われない。
"切り躾"という最も丁寧だけど、手間がかかる方法で目印が付けられるの。
かなり細かい部分の話だけど、それが最も生地に負荷がかからず、最も高級な仕様であることは言うまでもない。
生地が先述の通り、"荒裁ち"・"正裁ち"を行われた後に、この"切り躾"を付け、縫製がされる。
縫い終わった後は、目印となる小さな切り躾の糸は、丁寧に取り外される。
もちろん、洋服が縫い上がって完成した場合には、その箇所は跡形もなく消えるの。
手間もかかるし、縫う人しか見ることがない工程だけど、そのような箇所まで徹底して、"ファッションいずみ"クオリティが貫かれてる。
そのような縫製プロセスを経て出来上がった洋服は、ホントにきちっとしてるものですからね。
縫い目が美しいのはもちろん、設計通りに出来上がり、ハンガーにかかった洋服の姿も、着用時の様子もとても良いものです。
縫製のピッチも日本でも指折りの細かさ。
縫うまでに、手のかかる工程を経ているのだけど、
縫っては、アイロン。
縫っては、アイロン。
というように、見ているとミシンとアイロン台とを何度も何度も行き来している。
写真の方が、水出千代子さん。
当店のインスタグラムの方には、実際に縫っている動画を掲載していますので、そちらもご覧頂けると良いかもしれません。
今回の洋服は、かなり複雑でどうなってるのか分からないような難しい仕様の箇所がある洋服も存在し、中には仕様変更も考えていたものもあるのですが、理想の仕様の状態で、見事に水出さんが縫い上げて下さいました。
水出千代子さんは、日頃から「なるべくブランドさんの思っていること、考えていること、目指したことに近付けたい」と思って縫っているそうです。
今回は、まさにその言葉の通りの仕上がり。
ミシンを踏んで実際に縫うことも細かいし、中間アイロンを丁寧に繰り返すことで、とても良い出来栄えになってると思います。期待しておいてくださいね。
"ファッションいずみ"さんは、創業が1991年。
社長の水出俊哉さんが26歳の時に創業をされたそうです。
水出さんご自身は、18歳から縫製をはじめ、42年になるそうです。
そもそも"ファッションいずみ"という名前は、水出さんの苗字の反対。
鹿児島県に"出水市(いずみし)"という地域があるそうで、水出(みずいで)だと読みにくいからと言っていた。
ファッションいずみさんは、洋服の縫製業界で言うと、上記のような内容で行っている通り、高級プレタポルテに位置する縫製工場さんです。
ただ、創業からそのようにやっていたのではなく、もともとは、もう少し価格帯の低いゾーンの洋服を縫っていたそうです。
しかしながら、2000年代中頃から、長年の技術の積み上げと世の中でファストファッションの台頭の影響などもあり、高級服を縫製することに移行したそう。
その中で、これまでの技術だけではなく、より一層の細かい技術の習得に何年もかけ、現在の洋服縫製のレベルになったそうです。
縫製業界というのは、"一着あたり何円"という工賃仕事です。
つまり、一着の洋服を出来るだけ早く縫い上げることで利益が向上するというのが基本的な考え方の世界。
ただ、ファッションいずみさんが行っていることは、その反対。
先ほどの"中間アイロン"や"裁断時のプロセス"だけではなく、縫い代始末、生地のクセとりなど、一手間、二手間もかけることで、とにかく一着の洋服を綺麗に縫い上げることを大事にされている縫製工場。
また、洋服ブランドの縫製だけではなく、先に紹介した"お直し"。
このお直しという修理も、10年以上行っているそうですが、以前は、裾上げ500円とか、"安さ"を売りに直しをしてきたそうです。
でも、今は、縫製工場として、"洋服縫製に関わる技術を持っている直し屋"としての"技術を活かした直し"に変えたそうです。
縫製のレベルも、洋服修理のレベルも日本が誇れるクオリティ。
ただ、そのような中でも時代の変遷により、変わっていった。
水出さんに、「恐竜は何で絶滅したと思いますか?」と聞かれました。
「それは、変わっていく環境に対応しようとしなかった。変わろうとしなかったから。」ですよ。と。
だから、ファッションいずみさんは、時代に合わせて、変わってきたそうです。
ただ、やり方の種類や目線を変えるのではなく、より難しい技術を取り入れて変わろうとするというのは、困難なことだと思う。
面倒なこと、手間がかかることというのは、取り入れても誰でもが長続きしないことだし、縫製という業界は、洋服に関わるプロセスの中でも、最も手間と時間がかかる職種です。
でも、技術を向上させ、丁寧な縫製を続けるからこそ、1991年の創業から今まで続いてきた縫製工場だと思う。
僕自身、ファッションいずみさんに縫ってもらうということは、とても念願のことでした。
完成した洋服の縫製も皆様、舐めるようにご覧ください。
そして、今回ファッションいずみさんに縫ってもらった原料。
"Suvin Gold Supreme"
「スヴィンゴールドシュプリーム」
この幻とも言えるコットン原料。
この繊維での"綿織物"は、初めて。
カネタ織物さんに、カネタ織物さんのこれまでのノウハウを注ぎ込んで織り上げてもらいました。
続く。