一人の洋服を探究する人間として、店で洋服を扱う人間として、「生地」というものは常に追い求めていたいと思う。
洋服を判断するときもそこでの良し悪しの比重がとても占めてる。
でも、最近はパッと見ただけで何となく想像できてしまうようなものよりは、見てすぐにその生地が本当はどのようなものなのか分からないようなものに心惹かれるんですよね。
じっと見て、やっと少し想像できて、手で触って、着て、少しずつそれが分かってくるっていうか。
当店ではありがたいことに取り扱いをさせてもらっているブランドも多いですし、僕自身も半年間のシーズンで60〜70程の国内・海外メンズブランドのフルコレクションを直接見るのですが、やはり非常にクオリティが高い生地であればあるほど、ファーストタッチでは生地と隅々までコンタクトがとれることが少ないんですよ。
すぐには心の扉を開いてくれないって言うか。
つまりは、どうなってるかすぐに理解できないってことです。
実際に店頭で取り扱いをしている洋服も選りすぐりの品種のコットンや極上の獣毛を展開しているのですが、生地に於いてはやはり一見しただけではスルーしてしまう可能性があるものが多いかもしれません。
今シーズンで言えば、只今取り扱い中のThe Inoue Brothersのアルパカや、モンゴルのカシミヤ、もうすぐお披露目できるMOTHER HAND artisanのウール×アンゴラなどがあるわけですが、そのどれもが新品の状態っていうよりはその先に光るものがあるっていうか。
どれも上質な素材が持つ、繊維の潜在能力を感じてもらえるのは着続けた先なんですよね。
まあ、そういった繊維素材の追究はこの先も続きますので、お付き合い頂けたら嬉しいです。
でもね、世の中にはもう二度とつくることのできない生地も存在するんですよ。
もう既に多少、察してもらえてるかもしれませんが。
写真の生地ですね。
当店のCASANOVA&Co. 今月の11月、Anniversary Monthなんですよね。笑
だから、それに相応しいものを考えていたんですよ。
素晴らしい繊維を高い技術で糸にし、生地に織り上げてきたものを今まで紹介をしてきたのですが、このタイミングで誰もが未体験なものをつくれないかと考えていた。
セレクトショップとして既製服を扱っている性質上、誰かにそれを相談し、賛同してくれる人に依頼することからスタートするのですが、その人はすぐに僕の頭に浮かびました。
そして、日常から考えていること、どういったことを洋服屋としてしたいのかという話から始まり、結果的には快諾。
でも、ここからが本当のスタート。
思ってるだけじゃ何も進まないですからね。
ああでもない、こうでもない、これが良いとか、ああしたいとか言い合いながら、こちらの頭の中を汲み取ってもらい、時間をかけて何往復もして着地。
でも、少し長い付き合いになってきたデザイナーだからすごく理解してくれてるし、こちらもこの人ならっていうのがあったから。
おかげで、素晴らしい生地が用意できましたね。
紹介しますね。
ただ、今回生地について言えること全てお話しますので、分からないところがあるかもしれません。
掘り下げに掘り下げたい方は、全部読んでください。
ただ、一回読んだだけだと分からないかもしれませんので、何回か読んで。
糸屋さん、機屋さんに公開できる情報を全て聞いたので、お話させてもらいますね。(専門的な箇所もありますが、分かりやすく説明しますね)
まず、 この生地。 もう二度とつくることができません。
理由は、原料がないそうです。単純に。
そして、ここまでの生地を織り上げることができるのは、一社しかないんですよ。
その機屋さんがもうできないって言ってるそうです。
この生地、混率で言うと、 YAK 50%とSUPER120s WOOL 50%。
そう、ヤクウールです。
ちなみにヤクの方は無染色。
「繊維の王様」であるカシミヤ。
「繊維の女王」であるシルク。
この二つは極上繊維として、名高いものではありますが、当店ではカシミヤで言えば、BODHIやThe CLASIK、Seya.のセーター、シルクで言えば過去に山内でピンクのシルクのシャツをつくったことがありましたね。
こういった素材もすごく良いんですけどね、カシミヤとシルクってもうヤバいの想像できちゃうじゃないですか。 あの極上さが。
調べたら今ではいくらでも情報も出てくるし。
ただ、YAKに関して言うとインターネットで検索しても知りたい情報が出てこなかったり、ヒットしない事さえ起ります。
流通してないんですよね。全然。
あと、今回のこの生地は仮に調べたとしても類似は一切でてきません。
理由は、通常ではなし得ないことをしてるから。
愛知県一宮市に位置する、葛利毛織工業 株式会社が織り上げた、葛利毛織さんだけしかできない、 超絶マニアックなスペシャル生地。
用意しました。
誰もが洋服で体感したことのない世界へ連れてってくれると思います。
未体験ゾーン。
アメージング・ニューワールド。
僕もこの数年で一番心が躍った生地ですね。
ナンバーワン。
ここ最近はそれが更新されていってるんですけど、これはダントツでした。
そもそも、ヤクというの中国のチベット高原の3000m以上6000m未満のところに生息しています。
で、世界でも指折りの極寒のとてもとても厳しい地域だそうで、そこまでの場所は限られた動物のみしか生きることができないそうです。
そこで生きてるヤク。
日本の最高地点が富士山で3776mですからね。
世界最高地点がエベレストの8848m。
エベレストの高さになると動物住んでないでしょ。多分。
行ったことないんで知らないんですが。
ちなみにヤクは最低が3000mのようでして、一年通して一瞬しか3000mくらいのところにいないそうですよ。
「空に最も近い繊維」と言われるYAK。
そのような厳しい環境から身を守るために発達したのがヤクの毛です。
その産毛を100%。
ヤクの繊維は、産毛のみが洋服として使うことができ、上質と言われる範囲内の数値で示すと15ミクロン〜19ミクロンと言われています。
カシミヤが14.5〜16.5ミクロンですね。こちらも産毛。
世界最細の繊維であるヴィキューナは、12.5ミクロンくらいかな。 そもそもミクロンとは、0.001mmが1ミクロン。
もはや分かんなくなるけど。
だから、ヤクは動物繊維の中でも非常に細い繊維なんですよ。
でね、洋服好きな方ならヤクのセーターって見たことがあると思います。
ここから重要ですよ。とっても。
セーターなどのニット類は、紡毛です。
毛(ウール)や獣毛(ヤク・カシミヤ・アルパカ・アンゴラなど)は、糸に紡ぐときに「紡毛(ぼうもう)」or「梳毛(そもう)」に分かれます。
・紡毛とは、ニットなどに適したふんわりと毛羽立った糸。
繊維から糸にするときに、そのまま捩って糸にします。 そのため、温かみのあるふんわりした糸になります。
・梳毛とは、スーツ地を想像してもらえれば分かりやすい。
繊維から糸にするときに、櫛で梳いて繊維を真っ直ぐに伸ばしてから、捩って糸にします。
そのため、光沢のある毛羽立ちの少ない糸になります。
ということを頭に入れておいて、 通常ヤクの繊維は世の中に存在するのは、紡毛がほとんどです。
だから、ヤクのセーターは見ることがあると思います。
存在するとなればそれが一般的。
もちろん、とても希少な繊維ですし、良いんですけどね。
でも、今回のこの生地は「梳毛」。
梳毛のヤクは世界的に見ても非常に珍しく、日本でも葛利毛織さんくらいしか形にできないそうです。
まず、ただヤクであれば良いっていうことではなく、ヤクの中でも上質中の上質なもののみが梳毛の糸にできるそう。
そして、梳毛となった糸を「織り上げる」ことができるのは葛利毛織さんが持つ、とても高い技術の賜物で、他の機屋さんでは形にするのが難しいシロモノだということ。
しかしながら、先ほど、この生地の混率は、 ヤク50%,ウール50%って言ったじゃないですか。
それにも理由があるんですよ。
そもそも、ヤクはのみでは梳毛ができず、織り上げて生地にすることが不可能だそうです。
ただ、少しでもヤクの分量を多く入れて糸をつくろうとした。
葛利毛織さん、その卓越した技術を活かし、世の中に存在しない生地をつくるために試行錯誤を重ねた結果、SUPER120sのウールと50%ずつブレンドし、織り上げることができた賜物です。
この50%の混率がヤクの最大分量ギリギリだそうです。
あと、先ほど、ヤクの繊度について少し触れたじゃないですか。
この生地のヤクは、全て18.5ミクロンです。
そして、50%入っているウールも全てがSUPER120sクオリティのウールです。
SUPER○○sという表記については、僅かでもそのレベルのものが入っているだけで、SUPER○○sと言うことができるのですが、この生地は100%がSUPER120sなので安心してください。
葛利毛織さんに何回も確認しました。笑
ここで、ヤクが18.5ミクロンということで少し引っかかった人もいるかもしれません。
ヤクの繊度の中では少し太いほうなんですよ。はっきり言って。
もちろん超上質なんだけど。
ただ、細さを追求しただけじゃないんですよこれ。
ヤクとスーパー120のウールは、ハーフ&ハーフで混紡されています。
つまりは、半分ずつ経糸と緯糸に混ぜてるって思ってくれたら良いです。
それを60番手双糸(60番手という太さの糸を2本組み合わせて1本の糸にしてる)にしています。
そう。 梳毛で、60番手双糸、しかも18.5ミクロンのヤクとスーパー120のウールでは糸としては太いんです。
これは葛利毛織さんの超妙技。
日本に滅多に入ってくることのない、無染色の超上質ヤクを使い、それを梳毛にしたということで、ニットでは絶対に感じられないタッチを生み出そうと考えた。
そこで、本来であればしっかりと糸を引き伸ばして生地を織り上げるところ、 必要の最低限中の最低限しか伸ばさずに、超超超ローテンションのままの状態で織り上げました。 織り上げる織機は、葛利毛織さんが得意とする手織りに非常に近いションヘル織機。
だから、もうほとんど糸というか繊維にストレスかかってないんじゃないかな。
すごく貴重な原料だから、それを最高に最大限に繊維の持つポテンシャルを感じられる生地に織り上げた。
この生地、ホンット、ハンパないですよ。
ヤクのそもそもの特性として、弾力性が強く柔軟なのですが、その生地の跳ね返りとスーパー120との柔らかさ、光沢、そして梳毛であるのにも関わらず、圧倒的な膨らみがこれまで見たことのある生地とは別次元。
そのレベルの生地ですからね。
もちろん、マイクロスコープで確認しましたよ。
ブラウンっぽく色が見えるのが無染色のヤクです。
白っぽく薄い色合いに見えるのが、SUPER120sのウール。
通常、このような違う素材同士を混ぜて、生地をつくる場合は繊維の太さがそれぞれで違ってくるのですが、これはブラウンのヤク繊維と白っぽいウール繊維とが同じ太さに見えます。
実はこれも狙っているところで、ヤクを梳毛にするためにSUPER120sがヤク繊維の18.5ミクロンと同じ太さなんですよ。
だから、両者の組み合わせをより良くするため、より相性を良くするために同じ繊度での設定にしています。
あとは、このマイクロスコープやってるときは、最初は双糸(2本の糸で1本になってる)ってことは気付きませんでしたね。
理由は、60番手にして、糸にほとんど負荷がかかってないので、糸そのものにすごく膨らみがあってギュッと締まってないから。
でも、よくよく見ると双糸でしたね。
だから、丈夫ですし、この膨らみは着用者にとって最大の恩恵ですよ。
無染色のヤクならではのカラーリング、そして肌触り。
最初は、良い色合いだなっていうくらいにしか感じないかもしれません。
ただ、これ、皆さんの度肝を抜きますよ。確実に。
素晴らしい生地を用意できました。
ちなみにこの生地、あまりにも良かったので、今回機屋さんにあるものを全て買い占めました。
もう二度とつくれない生地なのですが、これでもう二度と世の中で見ることのない生地となりました。 最初で最後。
そして、この生地を使って素晴らしい洋服をつくりました。
もうすぐお披露目できそうです。